コラム

92 脳脊髄液減少症の新たな診療指針

2019年07月10日

 交通事故による傷害や症状には、さまざまなものがあります。

 被害者は強い痛みなどを感じていたとしても、外部からは目視で確認できず、検査でも確認できない、という場合もあります。

 このような場合、被害者が症状を訴えたとしても、加害者が存在を認めず、あるいは症状の存在は認めるにしても、これに対する治療の必要性を否定し、治療費の支払いを拒むなどして深刻な争いとなることもあります。

 そして、訴訟手続に移行したとしても、裁判所が、被害者の症状の訴えを認めない、ということもあります。

 被害者としては、突然、事故によって負傷し、解決までに長い時間と労力を要し、その過程では不愉快な思いもし、最終的に言い分が認められず、満足のいく賠償も受けられない、という結論に至るわけですから、このようなケースで被害者が感じる理不尽さはいかばかりか、ということになります。

 

 「脳脊髄液減少症」は、当事者間で深刻な争いが生じ得る類型の一つと言えるのではないでしょうか。

 「脳脊髄液減少症」(以前は「低髄液圧症候群」と呼称されることが多かったように思います)は、脳脊髄腔(のうせきずいこう)と呼ばれる脳から脊髄に至る閉鎖空間から、何らかの理由により髄液が漏れ出し、これによって頭蓋内圧が低下し、頭痛(座位から起立する際に発生する起立性頭痛)などの症状が発生する、とされるものです。

 

 かつては、そもそも医学的にそのような傷病が認められるのか、というレベルで争いがあり、これが認められるとしてもどのような基準で診断するのか、という点にも争いがあり、保険会社がこのような傷病を認めることはなく、裁判所も容易には被害者の訴えを認めない、という状況であったと思われます。

 そのような状況において、平成23年10月、厚生労働省の研究班が「脳脊髄液漏出症画像判定基準・画像診断基準」を公表し、以後、この基準に基づいて診断がなされるようになり、その後、平成28年4月からは、「脳脊髄液減少症」に対する有効な治療法とされる「硬膜外自家血注入療法」(ブラッドパッチ療法、患者自身の血液により髄液漏れが発生している箇所をふさぐという治療法)に健康保険適用がなされることになりました。

 しかしながら、平成23年10月公表の診断基準は厳格なものであり、同基準から「脳脊髄液減少症」とは診断できない症状の中に、なおこれに該当するとして救済されるべきものが存在するのではないか、という問題がありました。

 

 このような「脳脊髄液減少症」に関し、毎日新聞2019年7月6日付朝刊に、「小さな髄液漏れも診断」、「国研究班指針 医師判定しやすく」との見出しのもと、次のような記事が掲載されていました。

 「脳脊髄液減少症(髄液漏れ)の国の研究班が5日、診療指針の概要を発表した。現行の診断基準に当てはまらない程度の小さな髄液の漏れを診断対象に含める上、指針を使うことで症例に詳しくない医師でも診断できるようになる。研究班代表の嘉山孝正・山形大医学部参与は『指針により診断される患者はさらに増える』と説明した」

 この記事によれば、「診療指針は、12年間に及ぶ研究成果の集大成」であり、「少量の髄液漏れを示すと考えられるMRI」の「画像を新たに紹介し、対象を拡大」すると共に、「発症原因や症状、治療法も掲載して今秋に公表する」ということです。

 今後、「脳脊髄液減少症」の診断のあり方にどのような変化が生じるのか、注目されます。

弁護士 八木 俊行

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