コラム

82 「最高裁に告ぐ」~読書~

2019年06月9日

 岡口基一氏著「最高裁に告ぐ」(岩波書店、2019年3月初版発行)を読了しました。

 岡口氏は、現職の裁判官ですが、弁護士を含めた法律実務家向けのマニュアル的な書籍を多数執筆されてきたこと、以前からインターネットを通じて様々な情報発信をされてきたことから、少なくともこの業界では広く知られた方であろうと思います。

 

 裁判官は、「職務上の義務に違反し、若しくは職務を怠り、又は品位を辱める行状があったとき」は、裁判によって懲戒される、とされます(裁判所法49条。また裁判官分限法)。

 昨年、当時、東京高等裁判所で裁判官を務めていた岡口氏が、ツイッターで、ある民事事件における第一審判決の内容を伝えるニュースへの導入部分となる短文を掲載したことについて、最高裁判所より懲戒処分(戒告)を受けた、というできごとがありました。

 「最高裁に告ぐ」では、この事件について、事件当事者である岡口氏の立場から、最高裁判所で戒告の懲戒処分がなされるまでの経緯、この懲戒処分に含まれる問題点や、さらにその背景にある問題点についての考察が述べられています。 

 岡口氏は、所属する裁判所当局からかねてSNSでの情報発信を控えるよう言われており、裁判官を辞めさせられることへの恐怖感を覚えつつ、これを控えることはなかったということですが、その理由について述べられている次の箇所が印象に残りました。

<引用>
 「そこまで精神的に苦しむくらいであればSNSごときやめてしまえばいいではないかと思われるかもしれない。しかし、私は、法律家としてそれはできないと思っている。これまで二五年近くの裁判官人生において、多くのパワハラ事件や脅迫事件などを担当してきたが、それらの事件の関係者の手前、私自身がパワハラや脅迫に屈して自らの表現の自由を制限してしまうということは、選択肢としてはあり得なかったのである」(「最高裁に告ぐ」33頁)

 

 現職裁判官でありながら、所属組織の最上位に位置する最高裁判所に対する批判的内容を述べるということは、それ自体容易ならざることと思います。

 一連の事件の問題点はどこにあったのか分かりやすく記載されていますし、一般的な報道のみからは知り得ないと思われる事項も記載されていることから、最高裁判所の判断を支持するのかしないのか、あるいは岡口氏を支持するのかしないのかに関わらず、多くの方に読まれるべき書籍と思います。

 

 

 「もしも最高裁判所が誤った判断をしたとすれば、誰が、どのように是正するのだろうか」

 「現在のシステムは、そのようなことが起こり得ることを想定したものになっているのだろうか」

 「裁判官は、憲法にあるように、憲法と法律にのみ拘束され、良心に従い独立して判断を示すことができる立場にあるのだろうか」

 「現在のシステムは、それを可能にするものになっているのだろうか」

 いまさらながら、一人の国民として、そのようなことを考えさせられました。

続く

弁護士 八木 俊行

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