コラム

76 交通事故による負傷の治療に健康保険を利用するべきか

2019年05月16日

先回の続き

 医療機関で治療を受ける際、健康保険を利用するか(保険診療)、これを利用せず治療を受けるか(自由診療)で、医療機関に対して負担するべき治療費の金額は異なります。

 一般的に、自由診療による場合、保険診療の場合に比べ、医療費(診療報酬)の金額は高額となります。

 交通事故による負傷の治療にも、原則として健康保険は利用できるわけですが、交通事故の被害者は、治療に際し、自身が加入する健康保険を利用するべきでしょうか。

 加害者が加入する任意保険が対応してくれる以上は、治療費の金額の大小を気にすることなく、自由診療を選択しても問題はないのでしょうか。

 

 被害者自身に、交通事故の発生(あるいはその後の損害拡大)について何らかの過失がある場合、本来、被害者に対して支払われるはずの損害賠償金額から被害者の過失分だけ控除される、という処理が行われます(過失相殺。民法722条2項)。

 例えば、被害者が本来受領できるはずの賠償金額は100万円であるものの、被害者にも30パーセントの過失があるとすれば、過失相殺後の金額は70万円となります。

 この例で、賠償金額100万円のうち、治療費が50万円、その他の損害項目(慰謝料など)が50万円である、とすると、治療費は医療機関に全額支払われるべきものですから、被害者が受領できる金額は20万円、ということになります。

 

 では、被害者が上記の例において同内容の治療を受けたものの、これが自由診療であって治療費の金額が高額となったとすると、最終的に被害者が受領する金額はどのような影響を受けるでしょうか。 

 治療費の金額が80万円、その他の損害項目は上記の例と同じく50万円、したがって本来の賠償金額は合計130万円であるものの、被害者に30パーセントの過失があるとすれば、過失相殺後の金額は91万円となります。このうち80万円は医療機関に支払われるのであって、被害者が受領するわけではありません。そこで同額を控除すると11万円となります。これが被害者が受領する金額です。

 前記の場合より、被害者が受領する金額は減額しました。

 過失相殺がある事案では、本来の賠償金額のうち被害者の過失分に相当する金額は被害者自身が負担せねばならないこと、発生した治療費は全額医療機関に支払われることから、治療費の金額が大きくなるほど、被害者が自己負担するべき金額が大きくなり、その分、受領する金額は減額する、ということにほかなりません。

 したがって、少なくとも過失相殺が予想される事案では、被害者は、経済的利益の観点から、自身が加入する健康保険を利用して治療を受けることで医療費の金額を抑えることが適切である、と言えるでしょう。

弁護士 八木 俊行

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