コラム

70 平成29年民法改正(2) 消滅時効が変わる②

2019年05月9日

先回からの続き

 このように、平成29年改正民法によって、債権の消滅時効の問題は、民事債権・商事債権の区別によらず、統一のルールによって規律されることになりました。
 ある債権が、一般的な民事債権であるのか、あるいは商事債権の性質を有するのか、という点は、時に判断が容易ではなく、争点の一つともなり得ることからすれば、このような改正は、債権者にとっても債務者にとっても便宜ではないでしょうか。

 

 一方で、時効期間が延長された債権もあります。

 債権の一つとして、「不法行為に基づく損害賠償請求権」というものがあります。

 「不法行為に基づく損害賠償請求権」は、「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき」、あるいは「不法行為の時から20年間行使しないとき」、消滅時効によって消滅するとされています(改正民法724条。なお、この点は改正の前後を通じて変更はありません)。

 もっとも、「不法行為に基づく損害賠償請求権」のうち「人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権」に限っては、原則的な消滅時効期間に関する定めのうち「3年間」とあるところが「5年間」とされることとなりました(改正民法724条の2)。このような債権は、少なくとも不法行為時から5年間は消滅時効が完成しない、ということですね。

 このような法改正の趣旨は、人の生命や身体に関する利益は、財産的な利益などの他の利益に比べて要保護性が強く、権利行使の機会を確保するべき必要性が高いためである、と説明されます。

 

 なお、人の生命または身体を害することによる損害賠償請求権は、不法行為によるものに限られません。例えば、労働契約などの契約に基づき、あるいはこれに付随して、当事者に安全配慮義務が課せられる場合がありますが、契約の一方当事者たる使用者がこのような義務に違反して、労働者の生命または身体が害される場合など、債務不履行によっても「人の生命または身体を害することによる損害賠償請求権」は生じ得ます。そして、このような債権も、権利行使の機会を確保するべき必要性が高いことは全く同様です。

 そのため、前記のとおり、法改正により、民事債権の原則的な消滅時効期間は、主観的起算点から5年間、客観的起算点から10年間とされたわけですが、債務不履行による損害賠償請求権のうち「人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権」については、主観的起算点から5年間という点は同様であるものの、客観的起算点からの消滅時効期間は20年間とする、とされました(改正民法167条)。

 

 法改正により、「人の生命又は身体」が侵害されたことによる損害賠償請求権は、それが債務不履行に基づくものであれ、不法行為に基づくものであれ、消滅時効に関する規律はほぼ同じとなった、と言えるでしょう(いずれも主観的起算点から5年間、客観的起算点から20年間)。
 一つの社会的事件を対象としているにも関わらず、法律を適用する上で「債務不履行」と捉えるか、あるいは「不法行為」と捉えるかという切り口によって、消滅時効に関する結論が大きく異なる、という事態は望ましいとは思われないことからすれば、この点の改正も妥当なものであり、実務上も便宜ではないかと考えられます。

※平成29年改正民法は2020年(令和2年)4月1日から施行されることが決まっています。2019年5月現在、なお改正前民法が施行されています。

続く

弁護士 八木 俊行

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